IVORY

Fictions

隅の方

 多分、そんな意識することでもないけど、部屋の隅の方に気が溜まっているような気がしていて、寝て起きてふと目をやると、隅の方に「あ、気が溜まってるな」と思う。
 その気が何なのかとかあまり深く考えたことはない。自分の中から漏れ出したものなんだろうと思うんだけど、その隅の方にあるものはなんだかばっちいものであるような気がして、「自分」って感じもしないし、要するに髪の毛みたいなもんだ。髪の毛だって自分の頭にあるときならば「自分」の一部であると思うけれども、落ちて床の一部になっているところを見たらちょっと気持ち悪く思うだけだし。
 起きて顔を洗ってコーヒーを淹れる。朝の二十分は本当このためだけの時間で、飲んでいる間に私は隅の方にあった気のことなんか忘れてしまっているのだけれども、今日その日だけはちょっと違う。家を出て数分して、家の中にあったあの気のことが気がかりになっている。これが本当の気がかり!とかそんな馬鹿なことを考えている間ももったいないくらいに私は部屋の隅を思い返している。
 ちょっと前まで家にいたはずなのに、うまくイメージできない——それは私の中から気が出て行ってしまったからなのだろうか?
 私は家に戻ることにする。会社用のボールペンを持っていくのを忘れた、ということにする。別に会社用のボールペンなんて何でもいいし、そもそも私は家にも会社にも同じボールペンを置いていて、どっちでもいいはずなのだ。けれども、そういうことにして自分を納得させる口実を自分自身に対してする。
 鍵を開けて、部屋の隅を見る。
 もう気はいない。